外国人技能実習生ニュース

外国人技能実習制度や協同組合、技能実習生送出機関に関するニュース・コラムです。

労働不足解決の切り札 「1億総活躍」より「外国人現場監督」

2016/07/20 AERA 2016年7月25日号

 

 労働人口が減る日本。外国人の働き手がいなければ、もはや経済は回らない。論点は「受け入れるべきか」ではなく、「どのように受け入れるか」だ。

  東京都心の大型複合ビルの建設現場。その一角で、大手ゼネコンの下請けとして内装工事を受け持つサンオキ(東京都板橋区)の職人たちが、鉄骨に石膏ボード を何枚か重ねて張り付け、屋内に「壁」をつくる作業を続けていた。ボードをカッターで切り、やすりをかけて大きさと形を整える。接着剤を厚みが均一になる ようにヘラで塗り付け、タッカーと呼ばれるホチキスのような器具を使って固定していく。

 
 日本人の作業員に交じって、ベトナム人の若い男性が手際よく仕事をこなしていた。グエン・バン・チーンさん(23)。実家は稲作農家で5人きょうだいの末っ子だ。

「日本に来たのは、優れた建築技術を学びたいからです。家は貧しいので、家族のためにお金もたくさん稼ぎたい」

 通訳の助けを借りる場面もあったが、質問にはほとんど自力で滑らかな日本語で答えた。

●現地に事前研修施設

  母国でも大人気のアニメ「ドラゴンボール」を見て日本に興味を持ったというチーンさんは、日本の外国人技能実習制度を利用して昨年6月に来日した。日本で最長3年間、働きながら技能を学ぶ途上国の外国人を企業などが受け入れる制度で、建設や食品製造、農漁業といった分野が対象だ。日本にいる実習生は昨年10月末時点で16万8千人にのぼる。

 

 チーンさんは、建材販売を手がける野原産業(東京都新宿区)がベトナムに設けた事前研修施設で半年ほど日本語や内装工事技術を学び、ほぼ即戦力として野原産業の取引先であるサンオキに迎えられた。施設の開所は2013年。これまでに施設を巣立った270人ほどが実習生として来日し、さまざまな取引先の現場で活躍している。

 野原産業がこの事業に取り組み始めたのは、業界全体として工事現場の人手不足が深刻化し、先行きが危ぶまれる状況になってきたからだという。資材の販売先である内装工事業者が立ち行かなくなれば、自社の商売も先細りになりかねない。

「とくに3、4年前から、人手が集まらないという話を取引先の方などからよく聞くようになりました。学校を回っても求人広告を出しても空振りばかりだったり、せっかく入社しても2、3カ月でやめてしまったり、と。このままでは技術の伝承が難しくなるおそれがあります」

 野原産業の岩崎敏行副社長は業界の苦境をそう説明する。

  国土交通省によると、建設業の働き手の高齢化は00年代初めごろから急速に進み、15年には3人に1人が55歳以上だ。ピークの1997年に455万人いたとび工や型枠工といった「技能労働者」は昨年には331万人。そこに東日本大震災からの復興や2020年の東京五輪に関連する大型事業のラッシュが重なり、人手が確保できずに工期が遅れるケースも相次ぐ。

 政府は20年度までの措置として、建設業で3年間の技能実習を終えた外国人を、正式な労働者としてさらに2~3年雇えるようにした。チーンさんも実習後は引き続き日本で働きたいと考えているという。建設業界では「20年度以降も、技能があり日本で働きたいと考える外国人を労働者として雇える制度をつくってほしい」(野原産業の岩崎副社長)という声が強い。

●「高度人材」は積極的

 研究者、技術者、経営者といった「高度人材」は永住許可を得やすくするなど積極的に受け入れるが、単純労働者は認めない──。政府の「公式見解」を端的に表現するとそうなる。

 これは受け入れ拡大に慎重な世論を反映している、ともいえる。読売新聞が昨年夏に実施した世論調査によると、「労働力確保のために外国人労働者をもっと受け入れるべきだと思うか」という問いに「そう思う」との回答は33%。「そうは思わない」は64%にのぼった。

  現実はどうか。厚生労働省によると、国内で雇われて働く外国人は昨年10月末時点で90万7896人。今と同じ手法で調べ始めた08年からほぼ倍増した。この調査の過去のデータに基づき計算した国内の労働者に占める外国人の比率は、国際的に見れば低めだ。ただ、厚労省の調査では個人事業主や経営者、不法滞在者などは対象外。こうした人を含む「国内で働く外国人」は100万人を大きく上回るとみられる。コンビニ、外食チェーン店、工場の生産ライン、ホテル、 農場、漁船……。いろんな職場で働く外国人を目にする機会は全く珍しくなくなった。

出生率1.8は画餅?

 外国人労働者の急増の裏に、少子高齢化による働き手の減少があるのはいうまでもない。国内の生産年齢人口(15~64歳)は1995年に8716万人だったが、15年には7592万人。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、60年には4418万人に落ち込む。

  企業は人手が十分に確保できないと受けた仕事をこなせなかったり、新しい店を出せなかったりして、もうけのチャンスを逃しかねない。介護、建設、接客と いった業種を中心に働き手を求めるニーズは強まっている。労働力の量は一国の経済成長も左右する。働き手の減少は、日本経済が「ほぼゼロ」という低成長にあえぐ大きな要因だ。

 今は1.4程度の合計特殊出生率(1人の女性が生涯に産む子どもの数)を1.8に引き上げ、女性や高齢者にどんど ん働いてもらい、日本人だけで人口1億を維持して経済の高成長も実現する。安倍政権はそんな目標を掲げ、「1億総活躍社会」をスローガンにしている。だ が、「出生率1.8」は30年ほど前の水準だ。目標達成に向けたハードルは相当高いと見る専門家が目立つ。

「働き手の減少をこのまま放っ ておけば経済成長に深刻な影響が出るでしょう。とくに医療・介護のような対人サービスや建設・製造現場の熟練技能者は、ロボットなどですぐに代替するのは難しい。一定の技術や資格を持つ外国人の受け入れ拡大も、選択肢として考えていく必要があるのではないでしょうか」

 日本総研の野村敦子主任研究員はそう指摘する。

●日本人社員から暴言

「日本人にもいい人はいます。日本が嫌いになったわけじゃないけど……」

 川崎市の建設会社で技能実習をしていたベトナム人男性(26)はさばさばとした表情で語った。同じ寮に住んでいた仲間の実習生のスマートフォンには、男性がこの会社の日本人社員から受けた暴行の様子を隠し撮りした動画が保存されていた。

「お前がいけないのか、俺がいけないのか?この野郎、日本人なめてんだろ」

 実習生の寮の部屋に乗り込んだ日本人社員はこう怒鳴りながら、無抵抗だったこの男性を蹴りつける──。

  実習生として来日した男性は昨年8月、現場で働き始めた。ほかの実習生5人とともにとび工の技能を学ぶはずだったが、研修の機会さえなく、命じられたのは 配管を埋める穴を掘ったり資材を運んだりといった雑用ばかり。作業がうまくできないと、日本人社員たちから「クビだ」「バカ」といった暴言を浴びたとい う。

 実習生6人は、6畳一間を薄いベニヤ板で三つずつに区切った2部屋をあてがわれ、疲れて帰っても足を伸ばして寝ることさえ難しかった。休日出勤の割り増し分の賃金や残業代はきちんと支払われず、1カ月間全く休みなしで働かされた仲間さえいた。

  こうした仕打ちに耐えかねた男性たちは今年2月、知人を介して全統一労働組合(東京都台東区)に相談。支援を受けながら、6人分で計数百万円にのぼる未払い賃金や、暴行に対する慰謝料などを求めて会社側と2カ月ほど交渉し、解決金支払いや会社側の謝罪を条件に和解が成立した。その後、取材に応じてくれた男性を含む6人全員がベトナムに帰国した。

 市民団体「移住者と連帯する全国ネットワーク」の鳥井一平代表理事はこう訴える。

「日本はすでに多民族・多文化共生社会です。外国人労働者なしでは成り立たない産業も多い。この現実を直視しない政策のせいで、現場では矛盾が生じているのです」

●酷使されがちな実習生

 すでに述べたとおり、国内では100万人単位の外国人が働いており、事実上「単純労働」を担っている人がかなりの割合を占めるとみられる。

  政府の建前と現実の矛盾が最もはっきり表れているのが、93年に始まった技能実習制度だ。本来の目的は「途上国の人材育成による国際貢献」。野原産業とその取引先のように時間と費用をかけて実習生を育て上げる事業者がある一方で、業種を問わず「低コストの単純労働者」として酷使し、賃金未払いや長時間労働の強制といった問題を起こす事業者は後を絶たない。

 実習生にも労働基準法最低賃金法が適用されるが、「実習先に不満があっても他社へ 自由に移れないなど、実習生がきちんとした『労働者』として扱われないため、対等の労使関係が成立していない」(鳥井氏)ことが根っこにある。それでも政府は、実習期間を最長5年に延ばす法案を国会に提出するなど受け入れを拡大する方針だ。

 居酒屋や牛丼店といった外食チェーン店をはじめとして外国人アルバイトなしでは回らない職場は多いが、そんな店員の多くは「学業」が本来の目的である留学生だ。90年代から受け入れが拡大したブラジルやペルーの日系人の扱いも迷走した。自動車や電機関連の工場で働く人が多かったが、08年のリーマン・ショックを機に失業が相次ぐと、定住者向けビザを出して受け入れていたにもかかわらず、政府は渡航費を支援して帰国を促した。

 その場しのぎの受け入れ政策はもう限界だ。どう変えればいいのか。

「まず、国内だけでは必要な働き手をまかなえないのはどんな職種で、どのくらいの人数が必要なのか、客観的に把握できるようにすることです」(日本総研の野村氏)

●「二極化」から脱却せよ

  たとえば英国には雇用主が所定のルールに沿って一定期間、国内で求人広告を出し、必要な人材の確保が難しいことを証明すれば外国人技術者などを採用できる制度がある。このように客観的なデータに基づいて外国人受け入れの必要性を説明できなければ、多くの人が納得できる制度にはできないだろう。

  そのうえで野村氏は次のように提言する。工場や建設現場の監督といった「中間技能人材」も必要に応じて受け入れられるようにする。同時に技能実習制度を見 直し、単純労働者から中間技能人材にスキルアップしたうえで日本で働き続ける選択肢も用意する。こうして高度人材と単純労働者の受け入れにほぼ二極化している今の制度を再構築し、必要とされる分野に人材がきちんと供給されるようにする──。

 きれいごとだけでは済まない面もある。言語や習慣の違う隣人の存在は、職場だけでなく、生活の場である地域社会でも摩擦を生むことがある。外国人労働者に門戸を広げれば、家族を日本でつくったり母国から呼び寄せたりして定住する人も増えるのが自然だ。

 移民家庭の出身者が関わるテロ事件が続発し、シリア難民が大量に流入している欧州では、排外主義を掲げる右派・極右政党が勢力を伸ばしている。英国の国民投票欧州連合(EU)離脱派が多数を占めた大きな要因も、移民増加への警戒感だった。

●社会統合に国も投資を

  外国人を孤立させれば、周りの住民との間で相互不信が深まるばかりだ。そこで日本の言語や習慣について学ぶ機会を提供し、地域社会との接点をつくる「社会統合政策」が重要となる。今は一部の自治体の独自の取り組みに頼っているのが実情だ。国がきちんと方針を打ち出し、お金も投じる必要がある。

 国士舘大学の鈴木江理子教授(移民政策)はこう訴える。

「統合政策に一定のコストがかかることは当然です。これまでの政策の大きな問題点は、単なる『労働力』ではなく『人間』を迎え入れるのだ、という認識が不十分であることです」

(編集部・庄司将晃)